岡山理科大学 教育学部

教員インタビュー教員インタビュー

インタビュー08 奥野 新太郎

 8回目は奥野先生。中国古典文学がご専門ですが、岡山理科大学教育学部で最も若く、新しい感覚をお持ちです。今日は、漢文と日本語の関係を交え、教育学部で国語の教員を目指すことへの思いを話していただきました。

奥野 新太郎奥野 新太郎

九州大学大学院 博士課程 単位取得退学 博士(文学)
専門は中国古典文学。
長崎外国語大学、九州産業大学、九州大学の非常勤講師を経て、平成27年4月より、九州大学大学院人文科学研究院助教(中国文学)。
平成28年4月より、教育学部中等教育学科国語教育コース専任講師。

日本語と中国語をバランスよく学ぶ

 国語教員は、日本語(現代文、古文)と中国語(漢文)という2つの言語を教えなければなりません。ところが、一般に文学部出身の国語教員は、学生時代に日本語系(国語学、国文学)と中国語系(中国文学)のいずれか一方を専攻して勉強するため、2カ国語を教える国語教員なのに、片方しかしっかり勉強していないという事態が生じます。また比率の上でも日本語系出身の先生の方が多いため、国語教員なのに漢文が苦手という人が少なくありません。もちろん、逆もまた然りです。このような「偏り」は見過ごすわけにはいきません。教育学部では日本語と中国語とバランスよく学んだ、質の高い国語教員を育てていきたいですね。

「言語」として国語をとらえる

 英語クラスとの共同授業も面白い試みです。私たちは、母語である以上、どうしても国語を「世界の言語の一つ」として認識し難い。例えば外国人から日本語に関する質問をされて、うまく説明できなかった経験がある人は多いでしょう。私たちはふだん、母語である日本語を理屈ではなく感覚で理解し、運用しているため、必ずしもそこに語学的な知識や理解が伴っていないことが多いのです。しかし国語教員は「日本語のプロ」ですから、日本語を語学として学ぶ必要がある。そのためには感覚ではなく理屈で日本語と向き合わなければなりませんが、日本語話者である私たちには難しい。ではどうすればよいかというと、他言語との比較を通じて日本語というものを相対化していけばよい。例えば一人称代名詞としてもっぱら「I」や「我」を用いる英語や中国語と比べると、日本語は一人称が極めて豊富です。性別や年齢、相手との関係など様々な場面や条件に合わせて私たちは一人称を使い分けますが、これが「特徴的な現象」であることは、他言語と比較して初めてわかります。すると、なぜ日本語はこんなにも一人称が豊富なのだろうと、日本語に対する言語学的な「探究」が生まれる。このような探究を通じて、日本語に対する言語学的な知見を深めることができるのです。共同授業を探究のきっかけにしていきたいですね。 

誇りと使命感を持った国語教員に

 明治までの日本の学問は漢学が中心でした。今でも全国各地に、漢学を基本とした学問の伝統や、先人による漢文の著作がたくさん残っています。漢文には日本語のルーツとしてだけでなく、漢学時代のわが国の文化遺産を学び、継承し、伝えるための言語ツールという側面がある。子供たちに漢文を教えることは、日本の文化遺産を次世代へ繋いでゆくことでもあるわけです。文科省の学習指導要領にも、国語科の部分には「伝統」という言葉が随所に見られます。国語教員は日本社会における重要な役割を担っているということを、本学で学ぶ学生にはしっかりと理解してもらい、誇りと使命感を持った教員になってほしいと願っています。 

常にシミュレーションを!

 国語の教科書には、古文・漢文のほか、小説や評論、科学、現代思想、現代詩、外国文学など様々な文章が載っています。想像してみましょう。例えば宇宙に関する評論文を、宇宙の”う”の字も知らない先生が解説できるでしょうか?国語は文系の学問ですが、国語教員には文理を問わず幅広い教養が必要です。将来自分が教壇に立つ姿を常に想像しながら、学生のうちに文理を問わず幅広い学問に触れてほしいと思います。

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